教育

こころをどれだけ使うか ②(子育て編)

こころをどれだけ使うか ①(子育て編) この記事では、「こころを使う」ということをテーマに、親(保護者)と子どものふれあいについて考えていきたいと思います。 突然...
上記の記事で、子どもと親(保護者)のぶつかり合いについて私の考えを述べましたが、この記事ではこころを使うとは具体的にどういうことなのかを考えていきたいと思います。

まず、子どもが親(保護者)にモノを買ってもらうために交渉をするとある1場面を見ていただきたいと思います。

子ども
子ども
このおもちゃ流行っててみんな持ってるし、買って欲しい!
お母さん
お母さん
誕生日にゲーム買ったばかりでしょ?クリスマスまで待ちなさい!
子ども
子ども
△△‥!
お母さん
お母さん
××‥!

とお互いの意見がぶつかり、

お母さん
お母さん
そこまで言うなら、お父さんに頼んでみなさい!

ここでお父さんが登場するのですが、子どもを可哀想に思う気持ちが出てきて、ついつい

お父さん
お父さん
まぁ、それくらい買ってあげたらどうだ?

と言ってしまいました。

願いが叶った子どもは「ありがとう!」と満面の笑みで喜ぶことでしょう。もちろん、子どもの願いを実現してあげることは大切なことです。

しかし、それはお金ではない他の方法を取ることもできたのではないでしょうか?


人間というものは、どうしても「お金があればモノが買える」「モノがあったら豊かになる」という風に考えてしまうところがあるかと思います。

最近は、モノが豊かになったというものの、お金がなければモノは買えませんし、サービスも受けることもできません。お金があちこちに落ちていて手に入ればいいんですが、そんなことはありませんよね。

現代は、共働きの考えが浸透し、親(保護者)が持てる時間の全てを子どもに使うことができなくなっている時代であると思います。

タイムイズマネーという言葉がありますが、お金を使うということは、その分にかかる時間と労力を買うということですよね。

たとえば、子どもの要求に対して「自分が子どもの時はね‥」「お金を稼ぐことはこんなに大変なことなんだよ」と子どもに「できない」ということを説明したり、

その代替案として「代わりに○○をしよう」「お父さん(お母さん)も一緒に△△をやるから」などと一緒に他の方法を提案するのは、お金は使いませんが時間と労力を使いますね。

私は、そういった時間と労力を使うことがこころを使うということでありこころをどれだけその人のために使うかが愛情であると日々の仕事の中で感じています。

しかし、モノが豊かになった時代に、子どもたちが親からの愛情を計るものさしの一つに「お金」があることも事実です。

子どもは、親がどれだけ自分を愛しているかわからないので、計りやすい方のお金で計ろうとして、無茶な要求をすることがあります。

そして往往にして、無茶苦茶をいう子どもは、本当にそうしてほしい訳ではなく、こころの底では「自分のことをどれだけ愛してくれているんや!」ということを訴えています。

ただ、子どもはそんなことを直接は言えませんので、目に見えてわかる「お金」をどれだけ使うかで試そうとしているのですね。

周囲の大人が「一体、子どもが何を欲しがっているか」ということに気が付いたら、子どもは変わっていきます。

あまり要求をしないお子さんがいますが、周囲の大人が自分を見てくれている自分の方へエネルギーが流れているとわかると、子どもは安心するものです。

私のもとに、相談に来るお子さんには、不登校や問題行動で連れて来られるお子さんがいます。私はそういった子どもたちに対して、ゲームを買ってあげる訳でもなく、遊園地へ連れて行ってあげる訳でもなく、ただずっと話を聞いているだけなのです。

しかし、それでも不思議と学校へ行き始めたり、問題行動が減少したりするものです。もちろん、何もしていない訳ではなく、私のこころを使って全力でその子に向き合おうとしています。そういった姿勢が子どものこころのどこかを満たすことを日々感じさせられます。

この記事でお伝えしたいことは、何も「親御さんがこころを使っていない」「もっとこころを使いましょう」ということではなく、ご家庭で「自分はこころをどのくらい使っているだろう?」と一度考えていただきたいということです。

子どもが「何か買って」と言ったときに「うちでは○○と決めているからだめ」というのは、本当は親(保護者)としても心苦しいものであると思います。

我が家では○○と決めていることだけど、子どもの友達が子どもに我慢させているもので遊んでいるのをみると、「それはそれで、悲しい思いもさせているな」と感じられていると思います。

ましてやそういった子どもの気持ちと一緒に生きていこうとなると、親御さんのこころも日々揺れることでしょう。

しかし、子どもの願いや要求に応えるには様々な手段と方法があり、それを周囲の大人が考えることに意味があるのではないでしょうか。

「近所の家が新車で家族旅行したそうだから、うちも自動車で遠出をしよう!」というのでなくて、

「土曜日の晩はせめてみんなで食卓を囲み、レストランに行かなくても、テーブルの上にロウソクを灯して小さい花を飾って楽しもう!」というのでもいいのです。そうして食べる夕食はとてもいいものになると思います。

そういった彩りを見出す工夫をしながら家族生活を営むことが、実は生きていく基盤、つまり一番見えにくい部分の基盤を作っているのではないでしょうか。

この記事では、親(保護者)と子どものふれあいの中で「こころを使う」ということについてお伝えしましたが、これは何も子育てだけでなく、カップルや夫婦、先生と児童・生徒、上司と部下などの様々な関係の中でも通じるものがあると思います。

皆さんが日々の生活で他者と関わる際に、ご自身がどういった関わりをしているか考えていただく機会にもなれば幸いです。

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